2005年11月04日

地球環境(コメント歓迎)

誰かの言葉の受け売りなのか、それとも自分の言葉なのか、
ちょっと記憶が曖昧なんだけど、環境問題を一言で言うと、
「あるべきじゃないモノが
 あるべきじゃないカタチで
 あるべきじゃないトコロに
 存在している状態を指す」
ってことなんじゃないかと思います。

もう少しわかりやすく(わかりにくく)言うと、
「ヒトの社会生活に悪影響を与える物質が、
 化学的に性質を変えて(難分解性だとか)、
 マクロな物質循環の連鎖から外れた状態で、
 無視できない量だけ存在している状態を指す」
ってことなんだと思うんですよね。

だから環境問題ってのは、ヒトにとっては問題だけど、
地球にとって問題じゃないかも知れなくて、それは
環境問題ではなくて、ただの環境変化かも知れません。


昨日書いた、ブラウン氏の言葉「シンプル ライフ」は、
上に書いたような(ヒトにとって)問題のある状態への
環境変化を止める、もしくは遅らせるのに効果的ですね。
そうやって遅らせていれば、科学技術力が問題解決への
糸口を見つけてくれるかも知れないけど、変化の速度が
早すぎると、科学の発展が追いつかないかも知れない。

科学技術への過信、根拠の無い楽観、生産性の無い悲観、
どれも問題解決の妨げになると思うけど、一番の問題は
昨日も書いた「無関心」だと思うんですよ。

数年前のことだけど、俺はゴルフ場とF1が嫌いでした。
理由は簡単で、娯楽のために環境を犠牲にしてるから。
んーー、でも両方とも儲かるから無くならないよね。
別にゴルフとF1だけじゃないし。俺も環境を汚してるし。

書きたいことはいっぱいあるんだけど、今日はこれで。
posted by yoshiharu at 17:19| Comment(6) | TrackBack(1) | philosophy | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 はじめまして。通りすがりのものです。地球環境問題が最近ピックアツプされているのは、地球環境科学による研究が進んでいることも一つの起因だと思います。

 地球環境学は近年(特にここ数年で)立ちあがったもので、現在大学などの科目では自然環境科学という名目でそれに関連するとらなければならない単位がいくつもあります。

 そもそも、自然環境科学とは、気象学や海洋学や地学、これに生物学、工学や物理学などが寄り集まってできた複雑系の科学です。

 近年地球環境問題が取り上げられてきだしたのは、人が手を入れたことによって、環境汚染や生態系が破壊されるケースが多いからです。

 地球環境問題には、温暖化問題も含まれるので、当然、人的公害も含まれます。一般的な説では人的災害が温暖化の原因とされていますが、最近の研究では、メタンは湿地を好むので水田を行うだけでもメタンが増えることがわかっています。

 自然の現象で温暖化していると言う見解はよくある素人的な話なのですが、気象学などでは、従来のパターンでは説明できない事象が多く出てきていますし、地球科学で言えば、本当なら等に氷河期に入っているはずで、それが氷河期に入っていないのは、人類が水田をはじめて温暖化になったことから、生物が住みやすい状態にしてしまったため、氷河期になるのが遅れているのではないかと言う説もあります。

 大学では人的なものと自然の流れによるものの総合的な結果からきているものだろうと仮定(推測)して講義されています。従来のパターンでは説明できない現象がまだ解明できないため、どの説も、まだ仮説の中にあります。

 実際の被害については、気を付けて見ていれば、よく報道されていますし、自然保護団体でも情報を公開しています。ネット上でも調べれば情報が入手できます。

 笑って見過ごせない状況にだんだんなってきているのは確実で、影響が出やすいところには既に出ています。そのうち、しっぺ返しがくるでしょうが、仕方がありません。

 まぁ、私はこのあたりで人類が滅亡して他の生物に生態系の頂点のポストを明渡しても良い時期だとも思っていますが…(微笑)

 しかし、このまま人間が好き勝手なことばかりをやってしまうと、現存している生物そのものの死活問題になるでしょう。住むところも食べるものも何も無くなる…それも、まぁ、いいでしょうね。関心が無いにしても、知らなかったとしても、やったことはやったこと…自業自得なのだから。

 しかし、先日どこかの番組で報道されていたアラスカの先住民のようなケースの場合は、自然と共存してきただけに、温暖化の影響で生活できなくなり移住しなければならないという状況は、心が痛みます。

 ちなみに、現在温暖化を促進させている地域は中国を筆頭とするアジア大陸諸国がワーストトップ入りで、次に京都会議に参加しない米国です。日本は数字上では優良トップですが、行政の対処が悪いので、本当に調べればワースト入りするでしょうね。
Posted by ただの通りすがり at 2005年11月04日 19:00
レスターブラウン、懐かしい名、またどんなお話か聞かせてください。
大学の頃、宇宙に行きたいと尊敬する環境コンサルタントの人に話したら、ロケットで飛ぶたびにオゾン層に穴が開いて困るよといわれたことがあります。宇宙に進出することって、まさにあるべきじゃないものが、あるべきじゃないところにあること・・・なのかな。人間の開拓心と環境、すべてはバランスってことなのかなぁ。二日酔いだと飲みたくなくなる、っていうのはバランスがとれているとすると、バランスって何だろう。。

Posted by uki at 2005年11月04日 23:45
「無関心」が一番の妨げって非常に同感です。
逆に一番有効なのは単純ですがやはり「行動」であると思います。別に全ての行動を環境保護に向ければいいとは考えませんが、どこかの方面で環境保護に向いていれば、とりあえずそこから始められれば、と常々思ってます。環境税ってのも僕はありだと思っています。
日本なんかの経験だとまさに「先に破壊して後から治す」という流れで、この流れではないもう一つの路線がいわゆる持続可能な発展ですが、結局一番問題なのは、どれだけの人が犠牲にならなきゃいけないか、だと思うんです。
なんかまとまりなくてすみません…。
Posted by ゆたか at 2005年11月05日 12:06
>ただの通りすがりさん
コメントありがとうございます。色々と勉強になりました。

「まぁ、私はこのあたりで人類が滅亡して他の生物に生態系の頂点のポストを明渡しても良い時期だとも思っていますが…(微笑)」
いずれはこういう状況になるのでしょうね。でも、これから家族を持ちたいと思っている私としては、往生際が悪いようですが少しでもその状況を先延ばしにしたいと思ってしまいます。そして自分の子孫には他生物と共存共栄できる地球を築いて欲しいものです。

またコメントを頂ければうれしいです。

>ukiさん
私が彼の名を知ったのは、「Who will feed China」が出版されて暫く経ってからでした。今日以降のブログで、彼の講演の内容についても少し書くつもりですが、講演の内容は彼の著作を読めばわかることなので、講演そのものについてはあまり書かないかも知れません。シンプルライフを心がければ自然とバランスよくなっていくような気はしましたよ。

>ゆたかさん
コメントありがとうございます。
「行動」ね。その通りだと思うよ。俺もアタマでっかちで、なかなか行動が伴わないところがあるから、反省して改めなければ。

「環境税」。環境そのものに値段がつくようになれば、税金というカタチで集めなくても良いと思うんだけど、実際には環境の値段って計算できていない。だから環境を汚してそうな産業からは多めに取るしか無い。でも、そういう産業に限ってロビィ活動が強くて、なかなかうまくいかないのが現状なんだよね。
Posted by よしはる at 2005年11月05日 18:13
シンプル・ライフの真意はわかっていません(読んでないので)が、思うことを。
「破壊してから治す」ことではヒトにとっての地球環境が住みにくくなることが充分に想定されている今、そうではない、「できるだけ破壊しないで生きる方法」が提案されるべきシンプル・ライフなんだろうと勝手に想像します。

生活(そしてそれを支える物質や空間)が何処から産まれてどのように消費されて何処に行くのかがわからなくなってしまったことで、よっちゃんのいう「無関心」がここまで広がりかつ「無関心」のままでも自分には「オオカミ」でいられるという認識の背景であると思います。シンプル・ライフは、その入口と出口が見えにくい生活をできるだけ自分の選択で見えやすくすることなのではないでしょうか。例えば「食べ物」例えば「着る物」例えば「贈る物」。PCや電化製品、スーパーカーなんかは何処から来てるかなんて解るのは難しいけど、食べ物、紙、衣服、なんかはちょっとがんばればわかる。石油なんかは分かっても仕方ないかもしれないけど、枯渇しつつあるのかもと想像しながら使うのはちょっとは意味があるかもしれない。原発は温暖化防止には意味があるかもしれないけどその後の放射性物質は何処いくの?と考えては夜も眠れない(嘘)。

「行動」と書くと尻込みしちゃうけど「選択」ならしやすいよね。行動しなくても自分がこっちのほうが自分の子供の将来の自然環境にとってはいいかもと選択すればいいだけだから。で、たまには飲みすぎて二日酔いしても吐かないで我慢すればエコかもね。ただの言葉の問題かもしれませんが。


できれば人間関係も「シンプル・ライフ」にいきたいもんです。
Posted by at 2005年11月06日 18:57
>学さん
「シンプル ライフ」って言葉そのものはブラウン氏の著書には入っていません。最後の質疑応答の時に『座右の銘は何ですか?』と聞かれて、『(通訳が”motto”と訳したので)質問を正確に理解しているかわかりませんが、私がいつも心がけているのはシンプルな生活を送ることです。』と答えたんですね。

それはスポーツカーで移動するのでなく自転車で移動するような生活であり、高級料理を嗜むのでなく自分で茹でたパスタを楽しむ生活である、、、という感じです。ちょっと伝わりにくいですね。質素な暮らし?清貧の思想? まぁ、そんな感じです。

人間関係についてもシンプルに行きたいとの気持ちもすごく共感できます。一番大切な人さえ一緒にいられれば(極端だけど)他の人はいらないと思うことで、色んなことがシンプルになると思います。自分の目指すところがハッキリしてくると、人間関係において大切にするべきものもハッキリして来ますし。

ライフスタイルに関しての壊すor壊さないは、改めて本文の方で扱おうと思います。トラックバックありがとう。
Posted by よしはる at 2005年11月07日 17:52
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック

自然農の理由
Excerpt: 神無月五日 曇りのち雨    食べ物を自分で作る。  自然の中で時間を過ごす。  自己満足に浸る。  こうした目的の他に、「自然農」だからこそ時間を費やせる理由がある。小生が「自然農」に惹かれ、人..
Weblog: - 毎日が「自然農」- インチキ百姓的生活日記
Tracked: 2005-11-06 22:02
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。