2011年12月12日

叡智と我欲との闘い

今のヨーロッパでは歴史の教科書に載るような出来事が起きているんだろうと思う。色んなニュースや論評が流れているけど、ヨーロッパのメディアが各国バラバラの論調で報道しているのを見ると、人類の叡智を試されているような気になる。

EUの制度みたいに、武力なしで統合していこうとすると、どうしても満場一致が原則になる。だから経済的優位を持つ国が主導権を握ろうとすれば反対され易いし、根回しできずに孤立しても離脱を強要されるわけではない。これは悪平等だろうか。

はたして、合衆国的な制度への過渡期なのだろうか。EUとしてのユーロ共同債って話になれば、いずれはEUとしての外交政策、EUとしての軍隊、EUとしての農業政策って話になって、ポルトガルとオーストリアとの関係は、例えば宮崎県と奈良県との関係と同じになる。

となると、日本の道州制は逆方向の動きなのか。地方分権って言ってるけど、要はフリーライダーを振り落としにかかる作業じゃないのか?奔放財政の地方政府は自分で自分の世話して下さいってことでしょ?その中で橋下氏の動きって、何を意味してるのか。

色んな記事があふれ、取捨選択してるつもりでも、いつのまにか情報の海に流されてしまってる気もする。そんな世の中で、自分のアタマで考えるのって難しいし、必要な知識とかも欠けてるかも知れないけど、なんとか自分の脳ミソで考えてみたい。

ユーロ共同債を設立させるのであれば、各国は金融および財政に関わる独自の政策を放棄して、EUとECBに委ねる必要があるだろう。一方、政策を放棄するのが嫌であれば、各国は独自の国債を発行せざるを得ないだろうし、その購入は自国民や自国金融機関に限られるべきだろう。

と言うか、そうしないと問題の解決にはならないんだろうと思う。投資家でも投機家でも、リスクの受け手が適度に機能する状況が好ましい。国がリスクの受け手になれば(国民がそれを許せば)、1%vs99%みたいな話にはなりにくい気がするんだけどね。
posted by yoshiharu at 01:23| Comment(0) | TrackBack(0) | trip | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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